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きたぐらし通信

きたぐらし通信は、北海道旭川市に住むデザイナーmeiが,北海道の魅力や日々の暮らし、アートやデザインについて書いていく不定期ブログです。 書いて欲しい場所、内容などリクエストありましたらメッセージにてご連絡ください!

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見える見えない展覧会 視覚障がい者について考える

 

はやいところ忘れないうちに書こうと思ってたのですが
週明けバタバタしちゃって、けっこう時間経っちゃいました。
でもとても良い発見が出来たので、書いておきます。

 

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見える見えない展示会 -  視覚障がいとアートの楽しみ方

札幌市資料館で行われた「見える見えない展示会」と、同テーマのアートカフェに参加してきました。
札幌国際芸術祭ではサッポロ・エホン・カイギの館長さんをつとめていた
冨田哲司さんが中心となった企画でした。

ちょうど最近、chin↑pomのやってる歌舞伎町スタジオからの生中継番組で、
全盲のハジくんのお話を聞いて面白いな〜って思ってたところで、
視覚障がい者がアートを楽しむことについて、話を聞きたかったので行ってみました。実際にプロジェクトに参加されていた方や障がい者支援をされている方から色んな話を聞きまして、思ったことをつらつらメモして行きます。

 

視覚が無いこと以外は健常者と変わらないことにはっとする

普段、視覚障害の方を意識するのってだいたい外を歩いているときで、
まず全盲の方と席を寄せてお話しする機会ってのが無かったので
はじめはちょっと緊張しました。
でもお話聞いてるととても楽しいし、お話上手だし、なにも自分と変わらないなと思うことに、特に今まで意識してなかったけど多少でも壁を感じていたんだなと気付きました。
きっと海外の人や文化の違いがある人と交流するときの緊張感と同じ感じで、知らない間に失礼なことしてないかな?とか、怖いんです。でもそんな心配いらないくらいナチュラルに会話できました。少し自信がつきました。

 

障害は自分にあるのか、社会にあるのか

障害者の表記を「障がい者」と表記することに敏感な方とそうでない方の話のときに出たことばで、
障害はその人自身にあるんじゃなくて、社会に出て生活する際に障害がある
ということ(言葉にするとなかなかむずかしいですね)
その認識があるかないかで意味が全然変わって来るなあと思いました。
だから、言葉にいちゃもんつけたいわけじゃないけど
障がい者って言葉自体もやだよねぇなんか。響きがネガティブだから。
ハンディキャップ?マイノリティ?とかカタカナにするとちょっとマイルドになる。

 

作品自体が見えなくても美術館行きたいよね

ある全盲の方に「好きなアーティストはいますか」ときいたら
タレルの作品が好きだと言ったそうで、
なぜかと聞いたら、作品の周囲にいる人たちのリアクションが好きなんだって。
全盲の人だって美術館に行きたい。映画館だって行くし。アイドルだってトイレ行くんだ。

もしも、特殊な能力を持った人しか見られない絵画があったとして、
私はその能力を持っていなくて絵を見ることが出来なくても、
それでもその絵の前に行ってみたいと思うでしょう。
この絵はどんな絵なんですかって近くの人に聞くかもしれない。
そういうときに気軽に聞けて答えてくれる人がいたらどんなに助かるか、と思いました。

 

いかにコミュニケーションをさぼっていたか思い知らされる

目隠しをしてリレー形式で大きな紙に絵を描くという作業に参加しました。
他の人が書いてるのを待ってる間は、棒を持ってあたりをウロウロ歩いてみたり机に座っておしゃべりしたりしてたんですけど、絵を描くより待ってる時間の方が気づきが大きかったりして。
まず、今までいかに視覚に頼ってコミュニケーションをサボっていたか思い知らされました。
普段は私喋るより人の話聞いてる方が好きなんですけど、
喋ってる人見てうんうん、て頷いてるだけで、その輪に参加している…
ように思ってたのは自分だけだったのかもしれない!!
だって声を発しないと、みんなに私がいること知ってもらう事すら出来ないから。
会話をするときも、頼りになるのは聴覚だけだし、いつも以上に周りの声に意識を向けたり、声を出すように意識したりしました。一対一の電話とはまた違う感覚でした。
(あとスマホ見られないのはけっこうツラかった、、、)

見えている世界と見えない世界が両立している

絵を描くときは、テープを使って線でえがきました。
すごくむずかしい!俯瞰して全体をぱっと認識することができないからです。
手探りで、だれがどんな線を描いたか手のひらで探っていくと
なんとなく、この線とこの線は違う人だな、とか
この人はこういうもの描いてるんだな、ってそれぞれの思いが伝わってきます。
なんか目で見るよりも作品との距離が近く感じます。
いろいろイメージしながら私も加筆していきました。
んで、出来上がったのがこれ↓

https://www.instagram.com/p/BCkNwFbtdOQ/

正直、目隠しをはずしたときにびっくりしました。
自分が使ってたテープが透明だったから、なにも見えないんです。
たしかに一番手触りのいいテープで、描いたのに!
うわーうわーうわー
「色んな人のイメージがつまった絵」が、一瞬にして
「白い紙にテープが無造作にぺたぺた貼ってあるもの」になってしまいました。
衝撃。

これで気付いたことが、
社会には「見える世界」と「見えない世界」が両立してるんだなーということです。
多数派の「見える世界」のルールで生きる住人の隣で
少数派の「見えない世界」のルールで生きる人も一緒に生活しているんだと。
そしてその他にもいろんなルールのもと生きてる人がいるから
お互いの世界を尊重し合って生活して行けたら良いなと思いました。
良い意味で、マイノリティが当たり前に近付いた瞬間でした。

 

結果、視覚障がい者について深く考えて、前よりちょっとは理解度が深まったことと、
前より 1.5倍くらい他人の話をきちんと聞くようになりました。笑
企画してくださった方々に感謝です。

 

そいえば、最近近しい人が腰を痛めちゃって、車椅子で移動してたんですけど
雪道を車で移動するのって本当に大変で!押しても前に進まないんですね。
わたわたしてると道行く人がみんな心配そうにこっち見てて、逆に申し訳ないって感じで。あ〜雪国だと車椅子の人ってこんなに大変なんだ、って初めて知りました。

ちょっと考えればすぐ解決できそうなことも、
体験しないと気付かないことって沢山ありますね。
 

アートカフェの中で大学の先生がおすすめされていた
「盲人の国」ってお話、面白そうなので読んでみたいです。
売ってるのかなー?